【恋する銀行員】第3話『ヒグマ死す/その2』
第3話
ヒグマ死す/その2
前話はこちらから
初めての人は第1話からどうぞ
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前話あらすじ
入社前日の3月31日。
ヒグマは絶対に負けられない身だしなみチェックを受けていたのだ。
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講師
「次はお前だあああああ!」
僕の身だしなみチェックが始まる。
「御意」
ついに僕の番だ。
目の前には禍々しい波動を放つS級妖怪。
改め、研修所講師が立っていた。
後から聞いた話だが。
研修所の講師に選ばれるというのは非常にスゴイことらしい。
とんでもなく仕事が出来る人のみ、選ばれる栄誉職との事だ。
なるほど。
どうでもいい。
ふと現実に戻る。
目の前に立つラスボス。
ふつうにベギラマくらいは放ちそうだ。
僕は身だしなみは完璧だった。
無地のリクルートスーツ。
目立たないブルーのネクタイ。
全く自己主張のない腕時計。
ベギラマには耐えられないが、完璧だった。
ただ1箇所を除いては…
そう。
髪だ。
講師
「長いなああああ。横が長いなああああ。」
と、身の毛もよだつ死の宣告を突きつけられた。
「終わった。」
走馬灯がよぎる。
前日…
僕
「明日から社会人なんですよ!」
美容師
「そうなんだ!じゃあ気合入れていこうか!」
僕
「そうですね!ちょっとオシャレにやっちゃってください!」
美容師
「オッケー!任して!」
僕
「お願いします!!!」
(明日から社会人デビューだ!可愛い女の子いるかなー!いるかなああああ!)ワクワク
現在…
「ごめん。美容師さん。僕はデビュー出来ないみたいだ…」
講師
「ここに行けえええ!」
地図が渡された。
床屋の地図だ。
近くに床屋は3つあるようだった。
僕は全身を八つ裂きにされた、敗北者。
頭の中には、ドナドナが流れる。
そう、いつだって敗者は孤独。
そう、僕は今日。
3月31日に一度死んだのだ。
静かにその場から去った…
講師
「何だこれはあああ!?何なんだこれはああああ????買ってこいいいい!!!真っ白シャツを買ってこいいいい!!!」
シャツ?
ふと現実に戻る。
どうやら僕の後ろにいた、名も無き兵隊はワイシャツにうすーーーいストライプが入っていたのを、刺されたらしい。
彼には『AOKI』の地図が渡されていた。
「そんなレパートリーもあるんかい…」
僕は確信した。
生半可な気持ちではメガバンクでは生きてけないと。
僕は決心した。
絶対に一流のメガバンクマンになってやると。
僕は到着した。
僕が生まれ変わる床屋に…
そして終戦。
研修所に帰って来ると、新入社員400人が10のクラスに分けられていた。
僕は9組だった。
9組には僕と同じく床屋に出兵された兵隊が他に3人いた。
3人の名も無き兵隊と目が合うと、幾度もの死線を潜り抜けた旧友に思えた。
少し笑顔になった。
みんな一律。
北の総書記のような髪型になっていた。
出典
そして、自分のクラスに向かった。
王の帰還である。
僕を含めた4人の兵隊がクラスに入ると。
クラスに緊張感が走った。
それは僕たちの表情が数時間前と比べ物にならない。
漢の表情をしていたからに違いない。
「この2〜3時間で何があったのか。」
そんな心の声が聞こえてくるようだった。
そう。
まるで僕たちは一流のメガバンクマン。
いや。
金融の街『ウォール街』でビックディールを成し遂げた、一流の金融マン。
そんな顔付きになっていた。
北朝鮮から帰還したような髪型を除いては…
そっと周りを見渡すと。
身だしなみチェックの時、僕の後ろにいた兵隊が。
真っ白なワイシャツを見に纏っていた。
この3月31日の出来事は、多くの教訓を残してくれた。
今でこそ想う。
これは講師たちの優しさだと。
学生気分の僕たちにスイッチを入れさせる愛あるムチなんだと。
確かにこの日、僕は銀行員としての大きな一歩を踏み出せたと思う。
周囲の北朝鮮カットの同志を見て、そう思うことが出来た。
クラスでは研修所の使い方などのオリエンテーションが始まった。
明日から3週間。
泊まり込みで研修が始まる。
そして、明日。
4月1日。
入社式。
僕は本当の銀行員になる。
続く